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2019年6月17日月曜日


私は、兵庫県出身です。

小学生のとき、「兵」の字がとても苦手で、なぜか「広」にしてしまうのでした。

共通は、「ひ」だけなのに!

脳では「兵」と書こうとするのに、「広」にしちゃう。

自分でも、ほんとうに不思議な現象でした。

国語は得意なほうだったのになあ。

進研ゼミの、“赤ペン先生への質問”のお手紙にも広庫県と書いていて、しっかり赤が入って返ってきました。

(間違えているということは自分でもわかっているので、先生は隅々まで見逃さないんだね・・・と、感動しちゃったんだけどね。)

なぜそんなことを思い出したかというと、今、新潟県にいるからです。「潟」という文字を書くとき、学生時代、何度も辞書を手に取りました。

今ならそーっと検索&コピペまたは拡大表示で書き写しだろうなあ。

ちなみに、「鳥」という文字も、ずっと苦手だった。

真ん中あたりにある横棒をうまく書けたりすると、その油断のせいで、点をひとつ多く打ってしまったりする。

集中していないのが悪いのだけど。。。

今でも、ぼんやりしていると、何を書いているのかわからなくなってくる文字がいくつかあります。

こうやって日記を書いていられるのも、手で書かなくていいからのような気がするなあ。

自分が学ぶべきことや、乗り越えなくてはならないことが、人それぞれに決まっているとしたら、私は、これからの人生のどこかのタイミングで、手書きで自分が納得する文字を書く(文章ということではなく)ことに真剣に取り組まなくてはいけないのかもしれない。

なぜか、書道教室に通っていた頃のことを、新潟の商店街で、ものすごくクリアに思い出したのです。

いつもと違う場所に居ると、本当に持っていなくてはいけないものがはっきりする。

未来は、白いノート。

点をひとつ多めに売ったり


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